冠攣縮性狭心症(体験記)

冠攣縮性狭心症とわかってから10年以上。救急車で運ばれたこと、入院、通院、日々の発作のことなど書き残しています。

看護婦さんが時折、顔を出してくれます

なにもない状況 無の境地?
にでも達してしまうのではないかと言うほど退屈です



カテーテル検査の支度ができるのをCCU室で待つことになってから、どれくらい時間がたったのかわかりません。何しろ時計はありませんし、もし壁に掛かっていたとしても、目が悪い自分では見えなかったと思います。
そういえば救急車に乗るときにメガネははずして家内に持たせたような記憶があります。その時から視力0.1(両眼とも)以下で過ごしています。最も、全て看護婦さん達がやってくれるので何不自由ないのですが。

とにかく静かでした。なかなか家内が面会に来てくれないし、ほかの患者さんの声もいっさい聞こえません。時折聞こえる看護婦さんの話し声と、器具がぶつかり合うらしき金属音しか聞こえてきません。(あとで聞いてわかったのですがCCU室というものは、緊急で常時監視が必要な心臓系の患者さんが入る集中治療室のようなところ。静かなはずでした)おまけにあまりのコード類&チューブ類が体にくっついている状況で寝返りも打てません。さらに両手首、両足にも電極が着いていますから、腕や手を伸ばしたり曲げたりすることもできないのです。酸素マスクのせいで、頭や顔の位置をかえるのも少し不自由でした。

もともと今日(救急車で運ばれた日)は、一念発起して会社に休みをもらい医者に来る予定だったわけですから、ここまでのところ時間経過だけは当初予定通りです。ただ単なる診察室で診察を受けているのか、CCU室でカテーテルの仕度を待っているのかは「非常に大きな違いがあります」

とにかく静かです。ほんの少し前救急車で病院に運ばれてきたのが嘘のようです。と言うよりも、運ばれてから相当な時間が多々ような感覚でした。朝7時頃運ばれまだ3時間か4時間くらいしかたっていないと思うのですが、すでに夕方か夜のような気分でした。時折顔をのぞかせてくれる看護婦さんが「何処か痛くないですか?苦しかったら直ぐに行ってくださいね」と話しかけてくれます。少し話しがしたくなり どこどこが苦しい と言いたいところなのですが、実際は絶好調に近いほど元気な状況です。「大丈夫です」と言うだけでした。

救急処置室でニトロやバイアスピリンなどを投与していただき、すっかり元気になり、歩いて帰ろうとしていた自分が嘘のように「気分は病人」です。特に何処かが苦しかったり痛かったりするわけではなく、狭心症の症状は完全に消えているのにCCU室に入れられ、何処か病人になってしまいました。

ようやく家内が来てくれました。さすがにほっとしました。